大樹の今 スピンオフ企画 自立

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大樹は7か月の入院期間の後、自宅へと戻った。これは病院の規定で最大で7か月迄しかいられないことが原因だった。この間、家族の交通事故の保険金も入り、加害者側の会社も裁判所に保証命令が出たことにより、大樹には億を超えるお金が手に入ったのであった。

大樹は弁護士さんに専任の弁護と未成年者を卒業するまでの保証人を依頼して、ローンの残っていた自宅の代金を支払い、自分の名義にしてそこに住むことにした。4人家族だった大樹には広すぎるのだが、遺品を整理したく無くてそのままとしている。

弁護士さんと相談の上、途中で行かなくなってしまった高校は通信制に編入が来季から決まっている。その間に運転免許を取ってしまう事とした。旨くしゃべれない事でクラスメイトからバカにされたり、英語の授業が現在適切でないと判断したからだ。長い話は苦手だが、短い返事は今は普通に出来るので運転免許を先に取った方がイイよと進められたのである。

大樹の食事は質素に近い。安い定食屋さんか、お弁当屋さん、コンビニ等を使い、遺産を大盤振る舞いで使う事は無い。月に16万程度で全てを賄っている。これは弁護士さんの指示でもあるが、大樹自身が18歳に成った先に、通信制の学校を卒業した後の専門学校や大学に行くときにもお金が掛かるし、大樹自身が会話を必要とする仕事にコンプレックスを持っている事等を考慮して、将来はパソコンを使った仕事に就くべきだとの考えもあり、その為に資金は残して置くべきだとお互いに相談のうえで納得したからである。

通常の未成年者は両親の事故や親族で保護できない場合は施設に行く事になるのだが、大樹の場合は、あと半年で18歳となる事や、住まいに成る所がある事や、弁護士さんが保証人に成る事でこれを避けた。

その自立した分、掃除や洗濯などがあるのだが、大樹は長い事入院していたので、規則正しい生活に慣れているので、特に問題は無いと判断された。病院を退院してからは、9時以降から始まるテレビ番組やYouTubeを観る機会が増えたがそれでも自堕落な生活にはならなかった。高校の時の友人とはラインで連絡を取るものの、話すのは苦手なので、パソコンに向かう時間は増えた。

もう少しで、自動車の教習所に通う事になる。郊外の教習所より、都内の近場の教習所を選んだ。入所に関しては、弁護士さんと、主治医の診断書で長い会話は得意ではないが、耳が聞こえない訳では無い事を伝えてあるので、普通に免許が取れる事になるだろう。来季からは、通信制の学校にも編入が決まっている。

大樹の新しい生活が始まろうとしている。

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