大樹の今 期間

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朝が来て目が覚めた。今日はコーラじゃなくファンタでも飲んでみようと考え、自販機で買った。一口飲んで、毎日の日課であるラジオ体操をして、また一口飲んでから、ランジとスクワットを3セットずつやった。服がべたべたしている事に気づき、着替えの服を出して着替えた。でもこれが最後のセットとなった。貯まった洗濯物を洗濯しなければならない。このフロアには無いが、この病院には大きなコインランドリーが入っているのは知っていたので、朝ごはんの後に洗濯をしてみようと思った。洗濯をしてきれいにするのは良いのだけれど、僕は一体いつまでこの病院にいる事になるのだろうか?今まで考えたことが無かったけれど、長くなるのかなぁ。先生に聞いて見よう。

朝ごはんが来たので、のりたまを掛けて食べた。ヘルパーさんが下げに来たので僕は「ぐぉちそうさまでした」と言った。僕はバッグに洗濯ものを持って5Fにあるコインランドリーに行って洗濯をした。千円札を両替して、100円玉にして、それから洗剤も買ってお金を入れた。コインランドリーを使うのは初めてだったけど、洗濯機の論理は家庭用と同じはずである。お金を入れると機械が動き出し水が一杯出てきて、機械が回りだしたので出来上がった頃、乾燥機に入れればいい筈だ。これぐらいは僕にも出来る。

僕は病室のあるフロアに戻ると、看護婦さんが僕が居なくなったと探していた。検温と血圧を測る前にコインランドリーに行ってしまったので、看護婦さん達が探していたのだった。僕は「しぇんたくに行ってた。」と言ったら、何だそうだったのね。逃げ出したかと思ったわよと看護婦さんは笑っていた。今度から洗濯に行く時は一声かけてね。と言われたので僕は「ぐぉめんぐぉめん」と言って笑った。

朝の検診の時に僕は先生にノートを見せて僕は何時まで病院にいるのですか?と書いて見せた。先生は少し困った様な顔をして、取り合えず基本的な話が出来る迄はいた方がイイよ。大樹君の場合、16歳だから、退院しても18歳まで何処かの施設に入る事になる。それなら、此処にいて、話が出来る様になるまで待ちながら、弁護士さんの手順に従って生活を始めた方がイイからね。学校の問題もある。学校は話せないとつらいので、通信教育の高校に編入して自宅で勉強をすることも出来るんだが、自宅も通院しながら通信課の学校に行くことも出来るけどね、裁判とか、未だ名義変更とかが出来ない内は此処に留まって生活に向けた準備をした方がイイよね。入院費用は加害者の会社持ちだからね。一度弁護士さんとも話してみるから。と先生は親身になって話してくれた。僕は「ありぐぁとう、しぇんしぇい」と伝えた。

僕は看護婦さんの所に行き、「しぇんたくに行く」といって5Fのコインランドリーに行って今度は乾燥機に衣類を入れてお金を入れた。ぐるぐる回り出したのを確認して病室のフロアに戻って来た。

昼ごはんが来る前に僕はまだしばらくはこの病院にいた方がイイことを教えられたのだ。今度北村弁護士さんはいつ来るのだろうか?結構手続きが多そうだったのだから、もう少し時間は掛るか。そうだ。今日は未だラインをやって無いや、ご飯までに返信しておこう。仲の良い友達には僕は未だしばらく入院が必要だと言われたよ。と返した。

そうしている間にお昼ご飯が出て来たので、僕はカツオ味の振りかけを掛けて食べた。食器を取りに来たヘルパーさんに「ぐぉちそうさまでした。」と言って、看護婦さんに「しぇんたくもの」と言ってから5Fのコインランドリーに行って出来上がった服をバッグに押し込んで戻って来た。病室に戻ってから服を丁寧にたたむ。

終わった頃に午後のリハビリに呼ばれた。相変わらずここでやるのが言えないカ行とガ行の練習である。それでも前に比べたら話せるようにはなって来た。かぁ、きぃ、くぅ、けぇ、こぉ。んが、んぎ、んぐ、んげ、んご。さ、し、しゅ、しぇ、しょ。はいオーケーね。この調子で繰り替えましょうね。じゃぁ隣でトレーニングね。ラジオ体操とランジ、スクワットを3セット、トレッドミルの早歩きを10分ね。僕は定番になったメニューを繰り返しながらも、早歩きをしながら未だ暫らくは入院生活が続いて、その方がイイことを考えていた。

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